5年に一度(前回は4年ぶり)の「ショパン国際ピアノコンクール」が開幕すると、世界中の音楽ファンがワルシャワに注目します。
ピアニストたちの華麗な演奏はもちろんですが、近年、それと同じくらい熱い視線が注がれているのが、ショパンコンクールのピアノメーカーの動向です。
コンクールは、ピアニストにとっての真剣勝負の場であると同時に、世界の名だたるピアノメーカーにとっても威信をかけた「もう一つの戦い」の舞台です。ピアニストがどのメーカーを選ぶのか、そしてそのピアノが本選や優勝にどう結びつくのか。
この記事では、最新のショパンコンクール2025や歴代の記録に基づき、ピアノ選びの裏側や各メーカーの動向について解説します。
こんな方におすすめ
- ショパンコンクールでどのピアノメーカーが選べるか知りたい
- 2025年大会のメーカー別シェアや通過率が気になる
- 歴代の優勝ピアノや有名ピアニストが選んだメーカーを知りたい
- 各ピアノメーカー(ヤマハ、カワイ、ファツィオリ等)の特徴の違いを知りたい
ショパンコンクールで使用されるピアノメーカーは?公式ピアノ一覧
- ショパンコンクール2025で選べる5大メーカーはこれ
- ピアニストはいつどうやってピアノを選ぶ?2025年の選定プロセス
- なぜスタインウェイ以外のメーカーが選ばれるようになったのか
ショパンコンクール2025で選べる5大メーカーはこれ
ショパンコンクールの本大会では、ピアニストは複数の公式ピアノメーカーから使用する1台を選ぶことができます。2025年の第19回大会で用意されたのは、以下の5大メーカーのコンサートグランドピアノです。
- Steinway & Sons D-274 (スタインウェイ・アンド・サンズ)
- Yamaha CFX (ヤマハ)
- Shigeru Kawai SK-EX (シゲルカワイ)
- Fazioli F278 (ファツィオリ)
- Bechstein D-282 (ベヒシュタイン)
特に注目すべきは、ドイツの名器ベヒシュタインです。ベヒシュタインは1927年の第1回大会にも参加していましたが、1975年大会を最後にショパンコンクールの舞台から姿を消していました。
今回、実に50年(半世紀)ぶりに公式ピアノとしてカムバックし、大きな話題となりました。
ピアニストはいつどうやってピアノを選ぶ?2025年の選定プロセス
ピアニストにとって、本番で使用する楽器を選ぶ「ピアノ選定」は、コンクールの結果を左右しかねない重要なプロセスです。選定は、大会直前の3日間(2025年大会の場合)に行われます。
ピアニストはホールで実際に各メーカーのピアノを試奏し、自分の演奏スタイルやショパンへの解釈に最も合う「声」を持つ1台を選び出します。試奏時間に限りがあり、与えられる時間はわずか10分から15分ほどです。
さらに、2025年大会ではピアノ選びに同伴者を伴うことができないルールになりました。そして、この選定で一度選んだピアノは、1次予選から最終ラウンド(本選)まで固定で使わなければならず、ラウンド間の変更は認められません。ピアニストは短時間で究極の決断を迫られることになります。
なぜスタインウェイ以外のメーカーが選ばれるようになったのか
ショパンコンクールの歴史を振り返ると、長らくスタインウェイ・アンド・サンズが圧倒的な力を持つ「一強時代」が続いていました。1965年の大会では、用意されたピアノが3台のスタインウェイのみだったという記録もあるほどです。
この流れが変わったのが1985年です。この年、日本のヤマハとカワイ(河合楽器製作所)が初めて公式ピアノとして登場し、スタインウェイによる独占状態が破られました。
さらに2010年、イタリアのファツィオリが公式ピアノに加わります。そしてこの年、ロシアのユリアンナ・アヴデーエワさんがヤマハCFXを選んで優勝し、近代コンクール史上初めてスタインウェイ以外のピアノが頂点に立ちました。
続く2021年大会では、カナダのブルース・リウさんがファツィオリで優勝。これらの歴史的な出来事を経て、ピアニストにとってスタインウェイ以外のメーカーも現実的な「勝利の選択肢」となり、ピアノ選びの多様化が進んでいます。
最新 ショパンコンクール2025 ピアノメーカー動向と通過率
- 1次予選(全84名)の使用ピアノメーカー内訳とシェア率
- 1次から3次予選へ メーカー別通過率の推移
- スタインウェイの使用率と通過率は?
- シゲルカワイとファツィオリの健闘
- 2025年のヤマハ使用者の状況とピアノ選びの傾向
1次予選(全84名)の使用ピアノメーカー内訳とシェア率
第19回ショパンコンクール(2025年)の1次予選には84名が出場しました。彼らが選んだピアノメーカーの内訳とシェア率は以下の通りです。
| ピアノメーカー | 使用人数 | シェア率 |
|---|---|---|
| スタインウェイ | 43名 | 51.2% |
| シゲルカワイ | 21名 | 25.0% |
| ヤマハ | 9名 | 10.7% |
| ファツィオリ | 9名 | 10.7% |
| ベヒシュタイン | 2名 | 2.4% |
前回2021年大会(DB記事2より)ではスタインウェイが約75%(64名)を占めていましたが、2025年大会では約半数(51.2%)に減少しました。一方でシゲルカワイが前回(6名)から21名へと大きくシェアを伸ばし、大躍進したのが特徴です。
1次から3次予選へ メーカー別通過率の推移
予選が進むにつれて、各メーカーの使用人数はどのように変化したのでしょうか。1次予選から3次予選までの通過者数の推移です。
| ピアノメーカー | 1次出場者数 | 2次通過者数/通過率 | 3次通過者数/通過率 |
|---|---|---|---|
| スタインウェイ | 43名 | 24名(55.8%) | 12名(50.0%) |
| シゲルカワイ | 21名 | 11名(52.4%) | 6名(54.5%) |
| ファツィオリ | 9名 | 4名(44.4%) | 2名(50.0%) |
| ヤマハ | 9名 | 1名(11.1%) | 0名(0.0%) |
| ベヒシュタイン | 2名 | 0名(0.0%) | 0名(0.0%) |
3次予選に進出した20名のうち、スタインウェイが12名(60.0%)、シゲルカワイが6名(30.0%)、ファツィオリが2名(10.0%)となり、ヤマハとベヒシュタインを使用したピアニストは残念ながら3次予選までに姿を消す結果となりました。
スタインウェイの使用率と通過率は?
スタインウェイは、使用者数(43名)もさることながら、通過率も高い水準を維持しています。1次予選では使用者の55.8%(43名中24名)が2次へ進出しました。さらに2次から3次へも通過率50.0%(24名中12名)を記録し、3次予選通過者の半数以上を占めました。世界的なスタンダードとしての信頼感と不動の強さを示しています。
シゲルカワイとファツィオリの健闘
2025年大会で存在感を示したのがシゲルカワイです。1次から2次への通過率は52.4%(21名中11名)、2次から3次への通過率は54.5%(11名中6名)と、スタインウェイを上回る高い通過率を維持しました。3次予選にも6名が進出し、着実な健闘が光りました。
また、ファツィオリも少数精鋭の印象を与えました。1次予選の使用者は9名と少なかったものの、2次へ4名(通過率44.4%)、3次へ2名(通過率50.0%)と、各ラウンドで約半数が進出する堅実な結果を残しました。
2025年のヤマハ使用者の状況とピアノ選びの傾向
ヤマハは1次予選で9名のピアニストに選ばれましたが、2次予選を通過したのは1名のみとなり、3次予選進出者はゼロという厳しい結果になりました。
2010年大会では優勝ピアノを輩出しましたが、2025年大会では苦戦を強いられた形です。今後の巻き返しが期待されます。
歴代ショパンコンクールの優勝ピアノと本選の傾向
- ショパンコンクールで優勝したピアノメーカーは?
- 歴代の記録 2021年大会 本選ファイナリストの使用ピアノ一覧
- ファツィオリが初の優勝ピアノに(2021年ブルース・リウ)
- ピアノメーカーの動向はどう変わってきた?
ショパンコンクールで優勝したピアノメーカーは?歴代の記録
「ショパンコンクールで優勝したピアノメーカーは?」という質問に対しては、長らく「スタインウェイ」がその答えでした。
しかし、2010年の第16回大会で、ロシアのユリアンナ・アヴデーエワさんがヤマハCFXを選んで優勝。これが近代コンクールにおいて、スタインウェイ以外のメーカーが優勝した初の快挙となりました。
さらに2021年の第18回大会では、カナダのブルース・リウさんがファツィオリF278で優勝。
そして記憶に新しい2025年の第19回大会では、アメリカのエリック・ルーさんが優勝しましたが、彼が選んだのもファツィオリでした。
これにより、ファツィオリは2大会連続で優勝ピアノを輩出するという歴史的な記録を打ち立てました。
2021年大会 本選ファイナリストの使用ピアノ一覧
ピアノメーカーの多様化は、本選(ファイナル)の舞台でより顕著になります。2021年大会の本選に進出したファイナリスト全12名の使用ピアノ内訳は以下の通りです。
- スタインウェイ:6名
- ファツィオリ:3名
- カワイ:3名
使用者数ではスタインウェイが最多でしたが、ファツィオリとカワイが合わせて半数(6名)を占める結果となりました。
ファツィオリが初の優勝ピアノに(2021年ブルース・リウ)
2021年大会は、ピアノメーカーの動向において地殻変動とも言える大会でした。カナダのブルース・リウさんがファツィオリを選び、見事1位に輝いたのです。
これは、1981年創業のイタリアのメーカーであるファツィオリにとって、初のショパンコンクール優勝であり、その品質と芸術性が世界最高の舞台で証明された瞬間でした。
また、3位のマルティン・ガルシア・ガルシアさん、5位のレオノラ・アルメリーニさんもファツィオリを使用しており、ファイナリスト3名を輩出する躍進を見せました。
ピアノメーカーの動向はどう変わってきた?
かつてはスタインウェイ一強だったショパンコンクールですが、1985年の日本メーカー(ヤマハ、カワイ)の参入、そして2010年のファツィオリの参入によって競争が始まりました。
2010年のヤマハの優勝、2021年のファツィオリの優勝という結果が、「スタインウェイでなければ勝てない」という長年の前提を打ち破りました。
2021年大会では、1位から3位までの受賞者がそれぞれファツィオリ、スタインウェイ、カワイ(2位のアレクサンデル・ガジェヴさん)と、3つの異なるブランドに分かれました。
これは、ピアノ界が真の多元的時代に突入したことを象徴しています。もはや「どのブランドが最高か」ではなく、「どのアーティストの解釈に、どのブランドが最も合うか」という選択の時代になったと言えるでしょう。
有名日本人ピアニストが選んだピアノメーカー
反田恭平が使用したピアノのメーカーは?(2021年)
小林愛実さんが2021年に選んだピアノ 2025年 日本人通過者の使用ピアノ(牛田智大・桑原志織ほか) [/st-key-m]
反田恭平が使っているピアノのメーカーは?(2021年)
2021年大会で第2位に入賞し、大きな注目を集めた反田恭平さん。彼が本大会で選んだピアノメーカーは、スタインウェイです。反田恭平さんはスタインウェイの力強くも繊細な音色を駆使し、見事な演奏を披露しました。
小林愛実さんが2021年に選んだピアノ
同じく2021年大会で第4位に入賞した小林愛実さん。彼女が選んだピアノメーカーも、スタインウェイでした。2021年大会のファイナリストとなった日本人2名は、ともにスタインウェイを選んで栄冠を掴みました。
2025年 日本人通過者の使用ピアノ(牛田智大さん・桑原志織さんほか)
2025年大会では、13名の日本人ピアニストが1次予選に出場しました。そのうち5名が2次予選へ進出しましたが、その使用ピアノは以下の通りです。
- 牛田智大さん:スタインウェイ
- 山縣美季さん:シゲルカワイ
- 桑原志織さん:スタインウェイ
- 中川優芽花さん:シゲルカワイ
- 進藤実優さん:スタインウェイ
通過者5名のうち、スタインウェイが3名、シゲルカワイが2名という内訳になりました。1次予選の日本人使用者はスタインウェイ5名、シゲルカワイ4名、ヤマハ3名、ベヒシュタイン1名で、スタインウェイとシゲルカワイを選んだピアニストの通過率が高い結果となりました。
さらに、このうち牛田智大さん、桑原志織さん、進藤実優さんの3名(全員スタインウェイ使用)が、第3次予選へと駒を進めています。
ショパンコンクールを戦う各ピアノメーカーの特徴
- スタインウェイ&サンズ:伝統と信頼の絶対王者
- ヤマハ (YAMAHA):透明感のある音色と2010年の優勝実績
- カワイ (Shigeru Kawai):着実な躍進と日本人ピアニストの選択
- ファツィオリ (Fazioli):少数精鋭、2021年優勝の新勢力
- ベヒシュタイン (Bechstein):半世紀ぶりに復帰したドイツの名器 [/st-key-m]
スタインウェイ&サンズ:伝統と信頼の絶対王者
1927年の第1回大会から公式ピアノとして名を連ねる、コンクールの歴史そのものとも言えるメーカーです。その力強く重厚なサウンドは、数々の名演を支えてきました。
世界のトップアーティストの95%がスタインウェイを弾いているとも言われ、多くのピアニストが音楽院時代から慣れ親しんだ「業界標準」としての絶対的な信頼感と安定感が強みです。
ヤマハ (YAMAHA):透明感のある音色と2010年の優勝実績
1985年にショパンコンクールに初登場した日本のメーカーです。透明感のある明瞭さと、高音から低音までをカバーする広大なダイナミックレンジが特徴です。
明るく華やかな音色とまろやかな響きを持つと評価されています。2010年にはフラッグシップモデル「CFX」を使用したユリアンナ・アヴデーエワさんが優勝を果たし、その名を世界に轟かせました。
カワイ (Shigeru Kawai):着実な躍進と日本人ピアニストの選択
ヤマハと同じく1985年に初登場。コンクールで使用されるのは、最高級モデルの「Shigeru Kawai SK-EX」です。温かく、優しく、表情豊かな音色で知られています。
2021年大会では、アレクサンデル・ガジェヴさんがカワイを選んで2位に入賞。2025年大会では1次予選の使用者が21名と(前回2021年の6名から)大きく躍進し、日本人通過者(山縣美季さん、中川優芽花さん)にも選ばれるなど、着実に存在感を高めています。
ファツィオリ (Fazioli):少数精鋭、2021年優勝の新勢力
2010年に公式ピアノに加わった、イタリアのメーカー(1981年創業)です。明るく輝かしい音色と、ピアニストの指の動きに即座に反応する敏感さが特徴です。
「ストラディバリウスの音をピアノで実現する」とも評されます。2021年にブルース・リウさんが使用して初優勝を飾り、2025年にもエリック・ルーさんが使用して優勝。2大会連続で頂点に立ち、一気にピアノ界の勢力図を塗り替える存在となりました。
ベヒシュタイン (Bechstein):半世紀ぶりに復帰したドイツの名器
1853年にベルリンで創業されたドイツの老舗で、リストやドビュッシーといった大作曲家にも愛されてきました。第1回大会にも参加していましたが、1975年を最後にコンクールから遠ざかっていました。2025年大会で「D-282」と共に50年ぶりに復帰。
濁りのない透明な響き、多彩な音色の変化、そして演奏者の高度な要求に応える正確さが特徴で、コンクールの音の世界に新たな選択肢をもたらしました。
まとめ:もう一つの戦い ショパンコンクールとピアノメーカー
ピアニストの「声」を選ぶ重要なピアノ選定
ショパンコンクールにおけるピアノの選択は、単なる機材選びではありません。ピアニストにとってピアノは自らの「声」そのものであり、どの楽器を選ぶかは、そのピアニストのキャリアを決定づけかねない深遠な芸術的表明となります。
ショパンの音楽は、英雄的な力強さ(ポロネーズ)から親密な叙情性(ノクターン)まで、極めて広い表現を要求します。わずか10分から15分という短い選定時間で、ピアニストは自らのショパンへの解釈を最も忠実に、最も豊かに表現してくれるパートナー(ピアノ)を見つけ出さなければならないのです。
2025年の本選(ファイナル)と優勝ピアノの行方
2025年の第19回ショパン国際ピアノコンクールは、アメリカのエリック・ルーさんが見事第1位に輝きました。
データベース(記事1)によると、エリック・ルーさんは第3次予選の時点でファツィオリを使用しています。ピアノ選定は大会の最後まで変更不可というルールに基づけば、エリック・ルーさんはファツィオリで優勝を掴んだことになります。
これは、2021年大会のブルース・リウさん(ファツィオリ使用)に続き、2大会連続でファツィオリがショパンコンクールの頂点に立ったことを意味します。
かつてのスタインウェイ一強時代から、ヤマハ、カワイの躍進、そしてファツィオリの台頭へと、ショパンコンクールをめぐる「もう一つの戦い」は、ますます多様で刺激的な時代を迎えています。
本記事のまとめ
- 2025年ショパンコンクールの公式ピアノは5メーカー スタインウェイ、ヤマハ、シゲルカワイ、ファツィオリ、ベヒシュタイン
- ベヒシュタインは50年ぶりに公式ピアノとして復帰
- ピアノ選定は大会直前に10分から15分で行われる
- 選んだピアノは本選(ファイナル)まで変更不可
- 2025年1次予選のシェア1位はスタインウェイ(51.2%)
- シゲルカワイが25.0%と前回から大きくシェアを伸ばした
- 2021年大会はブルース・リウさんがファツィオリで初優勝
- 2010年大会はユリアンナ・アヴデーエワさんがヤマハで優勝
- 反田恭平さんは2021年にスタインウェイを使用し2位に入賞
- 2025年大会はエリック・ルーさんがファツィオリで優勝