フレデリック・ショパンの「ポロネーズ第6番 変イ長調 作品53」、通称「英雄ポロネーズ」。その荘厳で力強いメロディは、多くのピアノ愛好家を惹きつけてやみません。
しかし、その圧倒的な存在感から、ピアノが好きな人の多くが一度は「英雄ポロネーズを弾いてみたい」と憧れたことがあるのではないでしょうか?



この記事では、そんな「英雄ポロネーズ」の難易度について、客観的な評価から他の名曲との比較、具体的な難所の分析、そして習得に向けたロードマップまで、あらゆる角度から解説します。
こんな方におすすめ
- 英雄ポロネーズの正確な難易度を知りたい
- いつかこの曲に挑戦したいと考えている
- 具体的な難所や効果的な練習のヒントを探している
- 曲の背景や深い魅力を知りたいピアノファン
英雄ポロネーズの気になる難易度を徹底解説
- 客観的な難易度評価は最高ランク
- ショパンの他の名曲との難易度比較
- 幻想即興曲や軍隊ポロネーズより難しい?
客観的な難易度評価は最高ランク
「英雄ポロネーズ」の難易度は、複数の権威ある機関によって客観的に最高レベルと位置づけられています。
例えば、日本の代表的な指標である全音楽譜出版社のピアノピース難易度では、A(初級)からF(上級上)までの6段階のうち、最上位の「F(上級上)」に分類されています。
さらに、PTNA(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)のピアノステップにおいても、その難易度の高さは明確です。きめ細かく設定された23段階のレベルのうち、最上位カテゴリーである「展開1, 2, 3」のすべてで課題曲としてリストアップされており、演奏者には最高の技術力と音楽性が求められることを示しています。
電子楽譜販売サイト「@ELISE」などでも「上級」として扱われていることからも、この楽曲がピアノレパートリーの頂点に立つ作品の一つであることがわかります。
ショパンの他の名曲との難易度比較
「英雄ポロネーズ」の難しさは、ショパンの他の作品と比較することでより明確になります。この曲は、単一の技術を極めるというよりも、複数の高度な技術を長時間にわたって持続させる総合力が求められます。
例えば、「革命のエチュード」で鍛えられる左手の力強さや、「木枯らしのエチュード」で要求される右手の和音の持久力といった要素が、この一曲の中に凝縮されているのです。
ショパンのエチュードを数曲マスターしているレベルであれば、挑戦の土台が整っていると言えるでしょう。壮大な構成力と深い表現力が求められる「バラード第1番」と並び、ショパンの最高傑作の一つに数えられます。
幻想即興曲や軍隊ポロネーズより難しい?
多くのピアノ学習者が憧れる「幻想即興曲」も難曲に思われがちですが、「英雄ポロネーズ」の難易度は「別格」と評されるのが一般的です。
「幻想即興曲」の主な課題が右手と左手の異なるリズム(ポリリズム)を正確に弾きこなすことや、軽やかな指の動きにあるのに対し、「英雄ポロネーズ」はそれを遥かに超える身体的なパワー、持久力、そして広範囲にわたる高度な技術を要求します。
また、同じポロネーズである「軍隊ポロネーズ」と比較しても、技術的・音楽的に「英雄ポロネーズ」の方が遥かに難易度が高く、複雑です。
「軍隊ポロネーズ」は、力強い和音やポロネーズ特有のリズムを学ぶための優れた準備曲として位置づけられています。
幻想即興曲については以下の記事で詳しく解説しています。ぜひご覧くださいね。
なぜ難しい?英雄ポロネーズの難所を解説
- 最難関:左手の高速オクターブ連打
- パワーと正確性が求められる主題部の和音と跳躍
- 手が小さいと弾けない?克服するための練習法
最難関:左手の高速オクターブ連打
この曲を象徴する最も有名な難所が、中間部に現れる左手の高速オクターブ連続です。この部分はピアニストに三重の挑戦を突きつけます。
一つ目は「持久力と脱力」です。高速な16分音符のオクターブを、力任せではなく腕の力を抜いて効率的に弾き続ける技術が求められます。
二つ目は「ダイナミクス制御」です。このパッセージは「ピアニッシモ(とても弱く)」で始まり、徐々に雷鳴のような「フォルティッシモ(とても強く)」へとクレッシェンドしていくため、極めて高度な音量コントロールが必要です。
三つ目は「声部の分離」で、左手の轟音の上で右手は静かな旋律を歌わせる必要があり、両手の卓越した独立性が不可欠です。
パワーと正確性が求められる主題部の和音と跳躍
華々しく荘厳な主題部も、高い技術を要求します。左手は和声の土台を築くため、広い音域を素早く正確に跳躍し続けなければなりません。
この跳躍は、鍵盤に沿って滑るように水平に移動する意識を持つことが、正確性を高めるコツとされています。
一方、右手は力強いオクターブと豊かな響きの和音で英雄的な主題を奏でます。ここでは、硬い音にならないよう、腕全体の重みを効果的に使って豊かに共鳴する音を生み出す技術が求められます。
手が小さいと弾けない?克服するための練習法
「手が小さいと英雄ポロネーズは弾けないのでは?」という悩みは多くの人が抱きますが、乗り越えられない壁ではありません。手の大きいピアニストが有利なのは事実ですが、知的な練習戦略でこの課題は克服可能です。
例えば、左手のオクターブ・パッセージで右手が休んでいる瞬間を利用し、オクターブの一部を右手で取ることで左手の負担を軽減できます。また、押さえられない和音は音楽的に素早く分散させて弾く(アルペジオ化する)のが標準的な解決策です。
さらに重要なのは、腕全体の使い方です。手首の回転や前腕の移動を効果的に使い、鍵盤の中央付近で打鍵するよう心がけることで、手の移動範囲を最小限に抑え、疲労を軽減することができます。
英雄ポロネーズ習得までのロードマップ
- 挑戦に必要な前提スキルとピアノ歴の目安
- 弾けるようになるまで何年かかる?
- 中学生や大人のピアノ学習者の挑戦ケース
挑戦に必要な前提スキルとピアノ歴の目安
「英雄ポロネーズ」に挑戦するには、「ピアノ歴何年」という数字よりも、ご自身のスキルセットが合っているかが大切です。「自分は挑戦できるレベルかな?」と気になっている方のために、一般的な目安をご紹介しますね。
技術的には、ツェルニー50番などを終えていると、よりスムーズに取り組めるでしょう。また、バッハの平均律などで両手の独立性を養っておくことも、とても役立ちます。
レパートリーとして、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」やショパンのワルツなどを自信を持って弾けるなら、良い目安になります。
ただ、この話を聞いて「なんだか大変そう…」と感じた方も、がっかりしないでくださいね。
特に大人になってから趣味でピアノを始める場合、この伝統的な道のりは少し長く感じられるかもしれません。せっかくのピアノが楽しめなくなっては元も子もありませんし、教本を順番通りに進めることだけが唯一の道ではないのです。
実際に、52歳でピアノ未経験からリストの難曲「ラ・カンパネラ」を弾けるようになった徳永義昭さんのような方もいらっしゃいます。驚くことに、徳永さんは練習曲集も使わず、楽譜も読めない状態で、ただ一曲への情熱だけで練習を重ね、見事な演奏を披露するレベルにまで到達されたのです。
これはとても特別な例かもしれませんが、「この曲がどうしても弾きたい!」という強い想いこそが、一番の原動力になることを教えてくれます。熱の込もった演奏は、たとえミスがあったとしても、技術的な完璧さを超えて聴く人の心に深く届く音楽になるのです。
ぜひあなたに合った方法で、憧れの曲への一歩を踏み出してみてください。徳永義昭さんの実話は映画『ら・かんぱねら』にもなっていますので、勇気をもらいたい方は、ぜひこちらの物語にも触れてみてくださいね。
弾けるようになるまで何年かかる?
何年かかるか?これに対する「絶対の答え」というのは、実はありません。個人の才能はもちろん、練習の質や量、先生との相性など、いろいろな要素が関係してきますからね。
だからこそ大切なのは、ピアノを弾いてきた年数そのものよりも、「挑戦できるだけのスキルがしっかり身についているか」どうか。
ピアノ歴5年で準備が整う人もいれば、15年かけてじっくり準備する人もいます。周りと比べず、ご自身のペースで着実に進むことが、憧れの大曲への一番の近道ですよ。
中学生や大人のピアノ学習者の挑戦ケース
中学生くらいでこの曲に挑戦するのは、とても素晴らしい目標ですし、才能と努力があれば、十分に達成可能と言えるでしょう。
実際に、小学生や中学生でも見事な演奏をされる方はいらっしゃいます。その中でも特に、ピアニストとして大活躍されている亀井聖矢さんは、なんと10歳で英雄ポロネーズを弾きこなし、息を吞むような素晴らしい演奏を披露されています。
▼亀井聖矢さん(10歳当時)の演奏動画はこちら

ただ、こうした素晴らしい例を見ると「自分も!」と気持ちが高まる一方、一つだけ気をつけておきたいのが、特に身体がまだ成長途中にある若い学習者の場合です。無理な練習は、大切な手を痛めてしまう原因にもなりかねません。
信頼できる先生のもとで、体に負担のない健康的な弾き方を学びながら、音楽の理解を深めていくことを大切にしてくださいね。
難易度だけじゃない!英雄ポロネーズの魅力と歴史的背景
- ショパンの愛国心が込められた英雄的な物語
- 映画やアニメ『ピアノの森』でも有名な理由
ショパンの愛国心が込められた英雄的な物語
「英雄ポロネーズ」の魅力を理解するには、その歴史的背景を知ることが欠かせません。この曲が作曲された1842年、ショパンの祖国ポーランドは他国による分割統治下にあり、地図上から消滅していました。
ショパンは、ポーランド貴族の威厳と誇りを象徴する舞曲「ポロネーズ」の形式を用いて、祖国ポーランドの栄光と独立への熱い願いを音楽に込めたのです。
この曲の「英雄的」な性格は、ショパンの燃えるような愛国心の表れであり、圧政に対する精神的な抵抗でした。ちなみに、「英雄」という愛称はショパン自身が付けたものではなく、その音楽の圧倒的な力強さから後世の人々によって名付けられたそうです。
映画やアニメ『ピアノの森』でも有名な理由
「英雄ポロネーズ」の劇的な性格は、クラシック音楽の枠を超え、様々な映像作品で効果的に使用されています。映画『サヨナラの代わりに』などがその一例です。
特に有名なのが、アニメ『ピアノの森』での役割です。作中のクライマックスであるショパン国際ピアノコンクールで中心的な課題曲として登場し、主人公の一ノ瀬海とライバルのレフ・シマノフスキが対照的な解釈でこの曲を演奏します。
これにより、同じ楽曲がいかに個性的で多様な表現を可能にするかを見事に描き出し、多くのファンに新たな感動を与えました。
英雄ポロネーズのおすすめ楽譜と参考演奏
- どの楽譜を選ぶべき?ピアニストが推奨する版を紹介
- 上達のヒントになる偉大なピアニストたちの名演
どの楽譜を選ぶべき?ピアニストが推奨する版を紹介
英雄ポロネーズの練習を始めるにあたり、どの楽譜を選ぶかは、とても大切な最初のステップです。
現在、最も学術的に信頼性が高く、ショパンの意図に忠実とされているのが「エキエル版(ポーランド・ナショナル・エディション)」です。
エキエル版は、現存するあらゆる資料を徹底的に比較・研究して作られているため、「エキエル版一択」とまで言われるほどの高い評価を得ています。
他の版に見られる音の間違いなどが修正されており、まさに「ショパンが本当に書きたかった楽譜」で練習できる、ということですね。
とはいえ、長年使い慣れた版があったり、師事している先生におすすめの楽譜があったりすることも、もちろんあると思います。
最終的には、先生とよく相談したり、実際に書店でいくつかの版を見比べてみたりして、ご自身が「この楽譜で頑張りたい!」と心から思える一冊を選ぶのが一番です。ぜひ、最高のパートナーとなる楽譜を見つけてくださいね。
上達のヒントになる偉大なピアニストたちの名演
この曲の解釈の幅広さを知り、ご自身の演奏のヒントを得るためには、伝説的なピアニストたちの録音を聴き比べるのが一番です。
ここでは、それぞれ全く異なる魅力を持つピアニストの名演をいくつかご紹介します。
アルトゥール・ルービンシュタイン
まずは、多くの方にとって「英雄ポロネーズの基準」とも言える巨匠、アルトゥール・ルービンシュタイン。その演奏は、まさに気高さと力強さ、そして完璧なバランスを誇ります。
▼アルトゥール・ルービンシュタインの演奏動画はこちら
ウラディミール・ホロヴィッツ
次に、電撃的な超絶技巧と聴く人の心を鷲掴みにする劇的な表現で知られるウラディミール・ホロヴィッツ。他の誰とも違う、唯一無二の英雄ポロネーズがここにあります。
▼ウラディミール・ホロヴィッツの演奏動画はこちら
マウリツィオ・ポリーニ
知的で壮大なスケール感を持ち、豊かで充実した響きが特徴のマウリツィオ・ポリーニ。まるで巨大な建築物のような、揺るぎない構成美を感じさせます。
▼マウリツィオ・ポリーニの演奏動画はこちら
マルタ・アルゲリッチ
燃えるような情熱とエネルギー、そして輝かしいテクニックで圧倒するマルタ・アルゲリッチ。自発性に満ち溢れた、スリリングな演奏が魅力です。
▼マルタ・アルゲリッチの演奏動画はこちら
ラファウ・ブレハッチ
そして、個人的に私が大好きなのが、現代の巨匠ラファウ・ブレハッチです。彼の演奏は、ショパンの気高さを余すところなく表現した、どこまでも透明で「ぱりっと」した気品に満ちています。
▼ラファウ・ブレハッチの演奏動画はこちら
ここで紹介した以外にも、素晴らしい演奏は数多く存在します。色々なピアニストの「英雄」に触れることは、楽譜の向こう側にある無限の音楽的可能性を発見する、最高の旅となるはずですよ。
まとめ:英雄ポロネーズの難易度と挑戦する価値
この記事では「英雄ポロネーズ」の難易度について見てきましたが、いかがでしたでしょうか。この曲の難しさは、単に「上級」という一言では片付けられない、とても奥深いものであることがお分かりいただけたかと思います。
この曲が私たちに問いかけるのは、指が速く動くか、ということだけではありません。体力、技術、音楽を組み立てる力、そして何より「何を表現したいか」という想い。その全てが試される、まさに総合芸術なのです。
あの有名な左手のオクターブの轟きに必死で耐え、鍵盤を飛び回る跳躍を乗り越え、力強い和音を響かせる。その一つ一つの身体的な挑戦こそが、この曲の持つ「英雄の物語」を、あなた自身の物語として体現していくプロセスなのかもしれません。
確かに、習得への道のりは長く、険しいでしょう。でも、この記事で見てきたように、その山が高いからこそ、登りきった時の喜びは計り知れないはずです。
「英雄ポロネーズ」という不滅の傑作と深く心を通わせることは、最高の音楽体験の一つに違いありません。あなたの挑戦を、心から応援しています。
ポイント
- 英雄ポロネーズの難易度はピアノ曲の中で最高ランクに位置する
- 幻想即興曲や軍隊ポロネーズよりも格段に難しい
- 最難関は中間部の左手による高速オクターブ連打である
- 手が小さくても練習方法の工夫で克服は可能
- 習得にはツェルニー50番レベルの技術と10年以上の経験が目安
- 中学生でも挑戦可能だが無理のない練習が重要
- 難易度の高さはショパンの祖国への強い想いを表現している
- アニメ『ピアノの森』でも重要な曲として登場し人気を博した
- 練習にはショパンの意図に忠実なエキエル版楽譜が推奨される
- 偉大なピアニストの名演を聴くことも上達のヒントになる